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雨間の散歩を兼ねて・・・味噌蔵見学

2014年07月02日 23:50

                        (Please click this photograph)
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                       心落ち着く黒塀の蔵造りの建物
 日曜日の朝・・・“何処でランチ食べようか~?” と私が問うた言葉を聞いてか聞かずか、同行者が “赤味噌買わなきゃ・・・” と唐突に呟いた。 その言葉に私の頭の中でランチ~午後の予定が閃いた。 “じゃ、あの店の「おうちごはん」 を食べてから、味噌を買いがてら八丁味噌の蔵の見学に行く?” と、閃きの計画を提案。 “それいいね~” と、同行者の賛同を得て出発。

 あの店とは・・・岡崎市よりの安城市の田園風景を臨む住宅街にある小さなカフェ。 その店の手作り感いっぱいのランチが私たちのお気に入りだ。 ランチはなかなかの人気で、事前に電話を入れて確認すれば・・・まだ大丈夫との返事だ。
 鯖の塩焼きをメインにした和食テイストのランチを食して・・・岡崎に向かった。


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 岡崎市の矢作橋へと向かうこの住宅街の通り・・・これが旧東海道だ。 江戸の時代には江戸や京・大阪を目指す多くの人々が通った街道。 現在の大動脈国道一号線は、この通りから200mほど離れた所を通っており、今は静かな住宅街の道路になっている。
 この通りの左右に工場見学が出来る八町味噌の蔵がある。 工場見学に先立って、味噌倉のある通りを歩いてみた。


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 味噌倉の黒塀が続く道。。。 こうした黒い板塀の建物って・・・なんだか心が落ち着くね。 ほのかに漂ってくる味噌の香りの中、ゆっくりと黒塀沿いの道を歩いた。


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 この地は、NHKの朝ドラ『純情きらり』の舞台となった地。 主役をつとめた宮崎あおいもロケに訪れたということで・・・宮崎あおいの手形がこの道にあった。 手を重ねてみると・・・思ったより彼女の手が大きく感じた。 

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 通りにあったマンホールの蓋だ。 ご存知、徳川家康生誕の城、岡崎城。 「五万石でも岡崎さまは 、お城下まで舟が着く」と言われた岡崎城。 城のすぐ西を流れる矢作川を帆掛舟が上り下りして海と繋がっていた。 その様が描かれているマンホールだ。


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 では、いざ見学! と、まずはカクキューさんだ。 歴史を感じる立派な社屋だ。 昭和2年建造。 昔ながらの蔵の面影と、教会のモダンな雰囲気が一体化したデザインだと言われている。 白と黒の色合いも、いかにも蔵って感じだ。


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 工場を案内してくれる女性の後について見学に。 本社社屋の裏側の光景も現在は資料館になっている大きな蔵造りの建物も思わず見上げてしまう歴史と重みを感じる。

 ここカクキューさんは、江戸幕府三代将軍徳川家光の時代に当たる正保年間(1645~1648)に創業。 岡崎城から西に八丁(873m)の三河国額田郡八帖村(現在の愛知県岡崎市八帖)に創業した。 この地名の八帖が八丁味噌の名の由来といわれる。


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 実際に掲げられていたカクキューさんの立派な看板。 描かれているのは、矢作橋で出会ったという日吉(後の豊臣秀吉)と蜂須賀小六(後の豊臣家武将・正勝)の図だ。 日吉は、空腹に耐えかねて味噌倉に忍び込んだといわれる。 この看板の図で日吉が敷いている筵にカクキューさんの印が。。。 カクキューさんの味噌蔵から筵を持ち出したということらしい。


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 資料館には、八丁味噌の作り方が人形で再現されている。 今でも八丁味噌は他の味噌に較べて手のかかる味噌だということが説明を聞いていてよくわかった。 試飲で、普通の赤味噌と八丁味噌の両方で作った味噌汁を飲ませてもらった。 八丁味噌の味噌汁・・・辛いけど、コクがあって・・・やっぱり圧倒的に美味しかった。 味噌もそのまま舐めさせてもらったが・・・酒のつまみになるほどの良いお味だったよ。


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 カクキューさんで最も古い味噌樽が展示されていた。 樽の底には製作した人の名が刻まれる。 天保の年号が見える。 この樽は約180年前に作られたものってわけだ。 それにしても・・・でかい。


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 樽を保つための箍(たが)は、かつてじは竹で編まれていたのだが、現在はこれだけ大きな樽の箍を編むことができる職人がほとんどいないというjことで・・・鉄の棒で締め付けているとのこと。。。 時代が進むにつれ、利便性を追求するあまり失われていく職人技がここにもあるんだと感じた。。。


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 様々な展示物の中に・・・懐かしいお顔が。 どうやら「久」という字での縁か、森繁 久彌さんが。


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 味噌を滑降させるために石をピラミッド状に積んだ味噌樽がたくさんあった。 味噌が次第に膨張してくるので、この石の積み方も職人の技のなせる業だという。 


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 カクキューさんの味噌倉見学、とても興味深く楽しめた。 まだ時間があったので、旧東海道を挟んでお隣で八丁味噌を作っているまるやさんも見学させていただくことにした。


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 まるやさんにも立派な看板が。。。 まるやさんはカクキューさんより200年ほど前の操業とのこと。。。 なんと歴史があることか。 岡崎八丁味噌は全国的に有名だが、作っているのはカクキューさんとまるやさんの二社だけなのだそうだ。。。


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 ことらの味噌倉にも八丁味噌を仕込んだ味噌樽がたくさん。。。 小さなレプリカを見るとわかっていただけると思うが・・・ピラミッド状の石組みの頂点の石を「まんじゅう石」と言うのだそうだ。 確かに・・・まんじゅうみたいだ。


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 こちらの味噌倉にも秀吉の伝説が。。。 空腹に耐えかねた日吉が味噌倉に忍び込んで見つかった際に、石を井戸に放り込んで井戸に身投げしたと見せかけた隙に逃げたという・・・井戸が。 徳川家康の生誕の地に、秀吉はこのような伝説を残しているとは・・・なかなか興味深い。


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 宮崎あおいがこの蔵を訪れた時に撮られた1枚だ。 その後姿の写真を・・・撮ってみた。

 まるやさんの蔵の売店で、面白い事実がわかった。 普段同行者が好んで使っている味噌が・・・なんとまるやさん製造のものであることがわかったのだ。 同行者、風前に驚きながら・・・お好みの味噌を購入。

 思ったよりずっと楽しめる味噌倉見学と八丁味噌の里界隈の散歩となった。
 
 最後にひとつクイズを。。。 下の写真はまるやさんの印を写したものだが・・・この印に「八丁」という文字が隠し文字にして使われているのだが・・・おわかりだろうか???


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コメント

  1. kanageohis1964 | URL | -

    こんにちは。

    印の「八丁」、周囲の黒い線がそうじゃないですかね。3つ「八丁八丁八丁」と取り囲んでますね。

  2. Haru.Seion | URL | SScajFOk

    kanageohis1964さんへ

    さすが!
    その通り、正解です。
    面白いトレードマーク考えましたよね。

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