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アンネのバラ

2014年10月20日 23:58

                      (Please click this photograph)
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                           アンネ・フランク縁のバラ
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 このバラは、「アンネのバラ」と呼ばれる。
 「アンネのバラ」とは・・・アンネ・フランクと同様に強制収容所に入れられ、なんとか生還したベルギーのバラ育種家デルフォルグさんが1960年に育成した新品種で、「Souv.d'Anne Frank」(スヴニール・ドウ・アンネ・フランク)「アンネの形見のバラ」と命名さたバラだ。 
 その「アンネのバラ」が日本にやってきたのは1972年。 その前年、1971年に日本とイスラエルの文化交流のために日本の合唱団がイスラエルを訪問した。
 その際、合唱団のは、イスラエルのレストランで偶然アンネ・フランクの父であるオットー・フランク氏に出会った。 「アンネの日記」のことはもちろん合唱団の人々もよく知っていたので、その時から合唱団の方々とオットー氏との交流が始まった。
 そして、1年後にはオットー氏の好意により「アンネの形見のバラ」10株が日本に送られることとなった。 ところが、輸送事情の悪さから苗木の到着までに1ヶ月もかかってしまい、10株のうち9株が枯れ、たった1株だけが合唱団の一員で聖イエス会の創設者でもある大槻氏の庭に根付いたのだ。 
 アンネ縁のそのバラのことは、その後、大槻さんと「アンネの日記」を読んだ学生たちの交流からその存在が広く知られるようになり、「アンネのバラを育たい」という学生たちの希望を受け、オットー氏は更に10株のバラ苗を日本に送ってくれたのだ。
 この苗を園芸家や学生たちが接木をして増やしていった結果、現在では日本中でアンネのバラが栽培されるようになったというわけだ。
 このバラに名付けられた「アンネの形見のバラ」という名が付けられるに至るまで・・・何があったのかを忘れてはならない。 それを、この可憐なバラは観る者に訴え続けている。 


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